アヴリル・ラヴィーンと私③【Under My Skin編】

今回は、アヴリルの2ndアルバム『Under My Skin』にまつわるお話を。

アヴリル・ラヴィーンと私①【出会い編】

アヴリル・ラヴィーンと私②【Let Go編】

 

 

国内盤ゲット

『Let Go』に続いて、割とすぐに『Under My Skin』をお買い上げ。そしてこれもまた悲しいかな、中古品である。小さな傷と、大きな傷のある、私の愛するアンダーマイスキン。ようこそ、我が家へ。

今回は、ちゃんと国内盤を買った。日本語訳とボーナストラックが2曲。大満足。

なんといっても、好きになったきっかけである「My Happy Ending」を家のCDラジカセで聴けたのは幸せだった。そして、その次の曲「Nobody’s Home」も超絶お気に入りソングとなり、アルバム全曲を聴き込む前の時点では、この2曲をかなり集中的に聴いていた。

 

 

Forgotten恐怖症

アルバムの「Nobody’s Home」の次の曲は「Forgotten」である。だがしかし、私はこの曲をずっと聴かないでとばしていた。

理由は、怖かったから。

ある日の夜、真っ暗な部屋でForgottenの前奏を大音量で聴いてしまったのが良くなかった。もうめっちゃくちゃ怖かった。中学生の時はまだ幽霊とか怖い派だったから、ビビった。雰囲気が幽霊とマッチしすぎて、ビビった。

私の中で勝手に「Forgotten=幽霊」のイメージになってしまった。

 

それから数か月後、姉に「この曲だけ怖くて全然聴けてない」と相談してみた。すると姉はイヤホンでForgottenを聴いてくれて、「全然怖くないじゃん。カッコいい曲だよ」と報告してくれた。

それが午前中だったこともあり、姉が見守ってくれていたこともあり、私はいよいよ勇気を出してForgottenを聴いてみた。

良い曲だった。

 

さっき歌詞カードを引っ張り出して見てみたら、ここだけ丸で囲んであった。

多分、そうゆうこと。

 

 

トゥゲザー!!!

「Forgotten」をも攻略した私は、さらにアルバムを聴き込んでいった。『Let Go』と同じく、全曲歌えるようになった。もちろん、英語を理解したわけではなく、音で覚えただけである。

私には姉が二人いて、先ほど登場した姉は私がアヴリルを聴いていることを知っていたが、もう一人の姉には秘密にしていた。理由は、姉が音楽に詳しかったからだ。

そんな姉に、自分が音楽を好きで聴いている、ということを知られるのが恥ずかしかった。アヴリルは姉が好きな音楽ジャンルとは違っていたから、少しでも否定されたらたまったもんじゃないな、と思った。

 

うっかりしていた。ある日、私はトイレで「Together」を魂を込めて熱唱していた。魂そのものという感じだった。

そして、トイレのドアを開けたら目の前に姉が立っていた。まさに「トゥゲザー!!!」と歌っているところだった。

渾身のトゥゲザーを見られてしまった。私ははにかんで見せた。姉は、バチボコ驚いていた。そして、「トゥゲザー(笑)」と言った。

消えてしまいたかった。

 

 

自称日本一のファンのプライド

クラス替えをして、新しい友達ができた。その子は邦楽ロックが大好きな子だった。私がアヴリルファンだと伝えると、「私も知ってる!まあ、Don’t Tell Meから知ったから、全然詳しくないよー」と自信がなさそうに話してくれた。

「Don’t Tell Me」は「My Happy Ending」よりも先に発売されたシングル曲だ。

ということは、私より先にアヴリルを認識していた、ということ。

敗北感。

別にいつ好きになろうが、好きならそれでいいのだが、当時中学生の、自称日本一のアヴリルファンの私は、とてもショックだった。自分を恥じた。なんて、私の愛はちっぽけなんだろう。

この頃から、心の中だけの自称ではあったが、それでも、少しずつ自称するのをためらうようになった。

日本一のアヴリルファンが、2ndアルバムの2ndシングルからのスタートだなんて、こんなことがあっていいのだろうか。

 

 

痛々しい、中学生よ

周りの友達にも、だいぶ私のアヴリル好きが浸透していった。というのも、毎日アヴリルを聴いていたから、会話で私が提供できるものも、アヴリルのことについなってしまう。

アヴリルが好きということは、当然そうなってしまうんだけど、アヴリルが一番かっこいいアーティストで、それを聴いている自分もかっこいいと思っていた。のが、滲み出ていたかもしれない。

ある日、休み時間やトイレや移動教室など、毎日一緒にいた友達から手紙をもらった。毎日ずっと一緒にいるのに、手紙を頂いたのである。そこにはいつもの他愛もない会話が書かれていた。

が、その手紙には、さりげなく、雑誌に書いてあったという「こんな子は嫌われるランキング」なるものが書かれていた。

「1位は、知らないアーティストの話を自慢げに話してくる子」

震えた。私のことジャン。ずっと私のことうざくて仕方なかったの?

っていうか、なんたる思いの伝え方だよ。自分の言葉を使わず、雑誌の切り抜きを引用して容疑者(私のこと)に察してもらうという高等テクニック。ふーん。やるジャン。

嫌味という攻撃をもろに食らった私は、今までの自分を恥じた。そして、静かになった。

この頃から、どんどん自分を恥ずかしいと思うようになっていった気がする。

 

その日以降、もう自分の好きなものを誰かに話すのはやめようと、心に誓ったのでした。

ちなみに、そのテクニシャン友達とはその後も普通に仲良しでした。

 

つづく。

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